2018'05.02 (Wed)
★古代琉球の王が降りてきた首里城の御嶽(うたき)

首里城では、まずは守礼の門をくぐり
園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)へ。

最初訪れた時、ここでは靴を脱いで
壇上に上がり、正座をしてお祈りした。
この御嶽は琉球石灰岩で造られた石門で、
琉球王が外出するときに安全を祈願をした
重要な御嶽(礼拝所)。

突然、琉球の王がやってきた。
「私がここに来ていたのは
ここが神聖な場所であるということを
知っていたからです。
私の神への門がここにあります。
私は何度もここへ足を運びました。
ここは私の家です。
皆さんを歓迎します。
私の大地をやさしく扱ってください。
そして敬い、すべての存在を敬ってください。
気が付いてください。
あなた方は私のゲストです。
私はあなた方を歓迎します。
私とともに歩んでください。
私はあなたたちを導きましょう。」

そして次の重要箇所が龍樋(りゅうひ)
龍の水が出るところ。
王国時代には王の飲む水として使われたらしい。
ここにいる龍は約500年前のものらしい。
ここはパワフルです。

そして場内の重要な御嶽
首里森御嶽(すいむいうたき)を訪れました。
琉球琉球開闢(かいびゃく)神話によれば、
この御嶽は神が作った聖地であるとされています。

城内には10の御嶽があり、
首里森御嶽では国王が祈りを捧げるたびに
ノロ(祝女)が多くの儀式を執り行いました。
ノロは神人(かみんちゅ)とも呼ばれ
琉球王国による宗教支配の手段として、
祭祀において神を憑依させる依代となるノロが
沖縄本島の信仰を元に整備されて
王国各地に組織的に配置されました。

今回集まったメンバーは遠い昔、
王のゲストとしてここにやって来ていたらしく
今回も、再び、王の歓迎を受けて
この首里城にやってきたのです。
私も、何回かの前世で何度か
ここ首里城にやって来たことがあるようです。

琉球王朝は第一王朝、第二王朝がありました。
第一王朝は悲しいかな、王が久高島へ渡り、
美しい祝女に惚れて同棲を始め王宮を離れている間に
クーデターによる転覆の憂き目にあったと言われています。
そして時代は第二王朝へと変わります。
琉球はそのような歴史の上に立ち
また島津藩の支配を受け、
それからも琉球王国として様々な歴史を乗り越え、
沖縄として今に至るのです。

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