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2008'11.01 (Sat)

随神(かんながら)について

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2007年5月19日、ひふみともこ先生に下ろされた 神界からのお伝え を、ご紹介します。
内容は「随神(かんながら)について」です。

******

神から人へ。人から神へ。
神から人への伝えも終わり、今は一人の人間として、意志持ち生きる人として、
神の答えに頼らずに、自ら考え、行えよ。

神のご意志に沿いながら、尚も己の意志を尊び、神のご意図に外れぬ生き方。
そは人の自らが、長き年月、時間をかけて、多くの経験、失敗を経て、やがては悟り、
到達するもの。
なれば人は今ある環境、人間関係、境遇にて、最善努力を尽くすのみ。

そこそが真の随神(かんながら)。
迷いも大切。疑問も必要。

神のせいにし、考えもせず、成り行き任せに流されるなし。
随神とは、努力すること。さらなる進歩、向上めざし、確かな約束、保証のなくとも
ただに己の信ずる道を、結果の責も負う覚悟にて、神を信じて歩むこと。

神は教えず、導かず。人の失敗、避けさせず。
人の魂、霊性の、進化に役立つことならば、見守るのみにて手を差し伸べず。
神の慈愛の大きさを、深さを思えよ。広さを忍べよ。

神の願いを知る者ならば、答えは自ずと明らかならずや。
絶えず省み、振り返り、己の非あらば、自ら気付けよ。
人は神に守らるるとも、今生世界に生まれしは、自ら御霊を鍛えるためなり。

神に頼りて、甘えるなかれ。神の慈愛は厳しくもあり。
神の慈愛は尊く、畏(かしこ)く、人には測れぬ無限の大きさ。
そに守られて、生きるこの世を、思わば、何を恐るるや。

神の慈愛に溢れしこの世に、命を得しこそ、尊き縁なり。
一人一人が独りになく、どこまでつながる縁なれば、その縁こそを大切に、地上人類、
自然万物、銀河宇宙と一体なるを。
人の浅くて狭き目は、今しか見えず、自分のみ。

随神なる生を生きるは、先ずは己の我から離れて、己の愚かさ、小ささを、神の視点で
捉え直せよ。

随神なる生き方は、一つにあらず、人それぞれに、銘々供えし感性、知性、理性、徳性、
霊性を、自ら磨く生き方なれば。
無駄に思える努力も必要。地道に歩む遠回りこそ、豊かな実りをもたらさん。

結果、成果に目を眩(くら)まされ、徒労を厭(いと)うは嘆かわし。
辛抱、忍耐、我慢の長さは、人の心を鍛える素なり。
さにて身に付く強さこそ、随神なる道へと続かん。

さにて本日、随神とは己の意志、自ら考え努力するこそ、真の随神なるを説き示したり。
これから後の参考とせよ。さにて。

以上です。******

                                    
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タグ : 神から人へ 霊性 ひふみ 慈愛 随神 かんながら

07:53  |  神から人へ・神誥記  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  ↑Top

Comment

神ngさん

ありがとうございます。

日々、随神の道を進んで行きたいものです。
てんごく。 | 2008年11月24日(月) 22:21 | URL | コメント編集

感じるひ

最近感謝の余り嬉し涙が止まらないことがあります

車の運転中に多いですね。

一人で居る時で助かってますが、大勢周りに人が

居るときに極まった時は花粉症がつらくってと言って

ごまかしてます。

宇宙から注がれる愛をひしひしと感じる今日この頃

です。
神ng  | 2008年11月23日(日) 00:58 | URL | コメント編集

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