2010'08.29 (Sun)
富士山の噴火と東口本宮浅間神社

東口本宮富士浅間神社、その名の通り、富士の東口、須走にあります。
昨年訪れた北口本宮ほど広くはありませんが、北口本宮とはまた違った趣の
ある神社です。
平安時代の初め、802年、富士山が噴火しました。
雷鳴、地震がいつまでも止まず、里人は憂慮したようです。
そこで、当時の国司、郡司は鎮火の祈願を行うため、富士山東面須走の地に
斎場を設け、祭事を行いました。
すると、同年、噴火が収まりました。807年、ご神威を畏れ
鎮火祭の跡地、現在の社殿の地に神を祀ったと伝えられています。

この神社では、富士山は「不二山」となっているのが特徴です。
色心不二、身土不二、不二とはすべては異なるものでなく、一体であるという教え。
仏教はもとより、最近ではマクロビオティックなどでも使われる言葉です。

本殿は、やはり浅間大神のお社といった味のある造りです。
この神社は、江戸時代、1707年に富士山宝永火口から噴火した際、
噴火を鎮めるための地鎮祭が執り行われた神社として有名です。
宝永の噴火が始まる49日前の10月4日、日本最大級の地震(推定マグニチュード
8.6~8.7)といわれる宝永地震が起こり、余震が続く中、11月22日の夜から
富士山の山麓一帯では強い地震が数十回起こりました。
23日の10時頃、富士山の南東斜面から白い雲のようなものが湧き上がり、急速に
大きくなっていった、とあります。
富士山の東斜面には高温の軽石が大量に降下し家屋を焼き、田畑を埋め尽くし、
夕暮れには噴煙の中に火柱が見え、火山雷による稲妻が飛び交うのが目撃された
とのこと。

またこの神社には珍しい根上がりの楠の木があります。
樹齢300年。ここ100年の風雨で、根元の土が流されてしまったのでは
ないか、と言われています。

二本の木の根が地面から上に上がり、まるで和合するかのごとく、
絡み合っています。
自然の造形はいつもながら、命を感じさせてくれますね。
今日もご覧いただき、ありがとうございます。
訪れて頂いたみなさんに幸せの光が降り注ぎますように。
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